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統合失調症
はじめに
近代医学の発展の過程で、この病ほど疾患としての概念が変遷し続けたため、人々からの誤解や無理解がもたらされ、発病した当事者が言われなき差別を被ることになった疾患はありません。
過去の非医学的な偏見に満ちた時代から現在に至るまで、患者さんは病がもたらす症状と闘う苦悩に加え、スティグマと呼ばれる世間から負の烙印を押され続けたことで、隠れるようにひっそりと生きて行くことを強いられてきたことが、患者さんの不幸を増幅する大きな要因となっていたのです。
全国の精神科医もこのスティグマを排除する診療姿勢に賛同し、患者さんに日の光が当たるべくさまざまな試みがなされました。その結果、2002年8月になされた「精神分裂病」から「統合失調症」への病名呼称の変更は時代を画する大きな動きであったと思います。当時の経緯を少し説明いたします。「全国精神障害者家族連合会」がわれわれ精神科医の所属する「日本精神神経学会」にその変更を要望したのが契機となり、「精神が分裂する病気」というのはあまりに人格否定的であって本人にも告げにくい。何とか呼称変更してほしいという主旨が認められました。医学上の病名が医学的理由以外で、患者さん側の要望により変更されたという事態は、日本の医学界において前例のない画期的な出来事であったと思います。
発病頻度と発病年齢
1970年代はじめにWHOがわかりやすい世界共通の診断基準を作成し、国際的な共同調査をおこなった結果、総人口当たりの発病率は約1%で、各民族や先進国・開発途上国などの間に差はないことが確かめられました。
発病は十歳代前半にはじまって、同後半から三十歳頃までが大部分です。時に四十歳を過ぎてからの発病を認めますが、このような場合には若いときにすでに発病していたのが見過ごされ、その後安定した社会生活を送っていたにもかかわらず、不幸にして再発した例であるかどうかを確認する必要があります。
病因
発病原因については神経化学的アプローチ、社会心理学的アプローチなど様々な観点から膨大な研究がなされてきましたが、未だ決定的な発病原因は確定しておりません。
しかし治療の項で触れるように統合失調症に有効な治療薬は、すべて脳内のドパミンという神経伝達物質の働きを抑える作用を共通して持つことから、ドパミン過剰仮説が有力視されています。
症状
統合失調症の精神症状はきわめて複雑、多彩であるため正確な説明はほとんど不可能です。ここでは理解の一助となるよう、代表的な症状を急性期と慢性期での症状に分けて示すことにします。
1.急性期の症状
幻覚 | 幻覚は、実際にはないものをあるように感じることです。視覚や聴覚、嗅覚、触覚などさまざまな感覚で現れます。なかでももっとも多くみられるのが、実在しない人の声が聞こえる幻聴です。その声は、自分に対する悪口や噂であったり、何かの命令であったりします。ときには、テレパシーや電波などの形で感じることもあります。 |
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妄想 | 妄想は、非現実的なことやあり得ないことなどを信じ込むことです。自分の悪口を言っている、見張られている、だまされているといった被害妄想、周囲の人の言動がすべて自分に向けられたものだと確信する関係妄想が代表的です。有名スターの子どもであるなどと思い込む誇大妄想がみられることもあります。 |
思考の障害 | 考えにまとまりがなくなり、一つの話題から全く別の関連性のない話題へと話が飛んだり、つじつまが合わないことを言ったりします。ひどくなると会話が支離滅裂になり、周囲の人は理解できなくなります。考えが急に中断されて、突然何も言葉が出てこなくなることもあります。 |
2.慢性期の症状
意欲の減退 | 自ら、何らかの目的をもった行動を行ったり、それを根気よく 持続することができなくなります。学校の勉強や仕事など何事に対しても意欲 や気力がわかず、周りのことに興味や関心を示さなくなります。集中力も低下 し、一度に多くの物事に対処するのが困難になります。 |
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感情の平板化 | 単なる気分の変調や落ち込みではなく、感情そのものの表現が乏しくなります。他の人と視線を合わせなくなり、動きのない表情となります。他の人の気持ちに共感したりすることも少なくなり、外界への関心を失っているようにみえます。 |
認知機能障害 | 認知機能とは、記憶、思考、理解、計算、学習、言語、判断などの知的な能力を指します。これらの認知機能の障害がみられ、生活・社会活動全般に支障をきたします。例えば周囲のさまざまな情報や刺激に対して、取るに足らないものを無視して必要なものだけに注意を集中することができません。また、細かなことにこだわって全体を把握できなかったり、言葉に隠された意味や比喩などを理解することができなくなってしまいます。 |
治療:そして社会に戻ってゆくための援助
治療の第一は薬物治療です。病因の項で触れた脳内のドパミンの過剰な伝達を阻止する薬物を用います。
但し薬物治療の初期に開発された治療薬は鎮静作用が強く、急性期の症状は抑える効果はあっても、これでは眠くてとても日常生活を送ることなどできないというデメリットがありました。また錐体外路症状と呼ばれる手の震えがおこったり、上手に体の動きをコントロールすることが困難になったりという、これも日常生活に重大な支障をもたらしてしまう副作用が高い頻度であらわれてしまう大きな問題を抱えた薬物が数多かったのです。
しかし近年の精神薬理学の進歩により、急性期症状を確実に抑え、その再発もきちんと予防する一方で、副作用としての鎮静作用はほとんど認めず、また錐体外路症状の出現もみられない薬物が次々に治療の場で用いられるようになりました。ただ良い治療薬が手に入るようになったからと言って、薬物治療だけで統合失調症の治療が終結する訳ではないのです。このような有効で安全な薬物によっても、慢性期の意欲の減退、感情の平板化、認知機能障害などに対しての効果は決して十分とは言えないのが現状です。
実際に入院、通院治療を受けている患者さんは、薬物治療により急性期の症状を予防しながら、これら慢性期の症状を抱えた患者さんが大多数です。従って患者さんの社会復帰のためには、皆が等しく社会でより良い生活ができるようになるための援助が必要になってくるのです。
私たち精神科医療関係者は、患者さんが病を持っていても同じ人間同士であって、同じ高さで視線を交わし、慢性期の症状や福祉の対象としての生活障害にも、一方的でない心配りを払っています。このように患者さんとこころを通わせるためには、管理的立場もとらねばならない精神科医師よりも、看護師、作業療法士、精神科ソーシャルワーカー、臨床心理士などの職種の方が、かえってふさわしい場合が少なくありません。再発の防止に治療薬の継続した服薬が重要なことは前記のとおりですが、この慢性期の症状からの回復こそ入院、在宅を通じて、これらスタッフのもっとも重要な取り組みなのです。
作業療法士が中心になって、患者さんの意欲などに合わせ、さまざまな工夫をこらし手工芸、音楽鑑賞、ビデオ鑑賞、そしてスポーツなどを通して生活を豊かにしています。また精神科ソーシャルワーカーや臨床心理士も加わって生活行動の苦手な患者さんに生活技能回復訓練や心理教育を行い、規則的な生活習慣を身につけてもらい、治療薬の自己管理、料理、買い物などを自分でできるように援助します。作業療法室、体育館で病棟の全スタッフが、毎日の生活に四季折々の行事を加え、患者さんと絶えず話し合って希望や発想をとりいれながら、活気のある小社会を作るよう全員で努力していきます。
これら慢性期統合失調症患者さんに対する薬物治療以外のかかわりの総称が精神科リハビリテーションなのです。根気強く患者さんの後押しをしていくことで、一人でも多くの患者さんが従来の活気を取り戻し、社会において良質な生活を営んでいくお手伝いをしていくことが、すべての精神科治療スタッフに求められているのです。